ダニング・クルーガー効果

つれづれなるままの覚書

時計 ‐ おだいこうかん #2

 

 

 

第2弾。

最初に訊いておきたいんだが、恨みでもあるんか?

 

わたし以外の3人が課されたお題が、「おにぎり」「尊敬」「リラックス」。

なんだかわたしへの当たりが強い気がする。「時計」ってなんや「時計」って。

 

 

時計への思い入れ、考えてみたけれど、5年くらい同じ腕時計を使い続けていることくらいしかない。あとは幼少期にリビングにあったミッキ一の時計。あれ、結構好きだったな。

 

 

そういや我が家の時計は全部5分早めに設定してあった。

というか、幼少期の我が家に正しい時間を示す時計なんていうものは存在しなかった。

リビングの時計だって子ども部屋の時計だって5分早かったし、トイレの時計は10分早かった。なんで?

 

今は電波時計が主流になりつつあるからそもそもそんなこと自体ないんだろうが、でもなんか早かったんだよな。正しい時間を見るためにはテレビをつけなくちゃいけなくて、それか携帯電話(当時は勿論ガラケー)を開いて表示を確認しなくちゃいけなかった。いやなんで?

時計のアイデンティティ、わたしたちによって脅かされている気がする。

 

 

なんでそうなっていたのかは未だにわからない。

5分前行動の習慣をつけさせようとしたにしてはなんかちょっと不十分な気がするしな。

 

何にせよ、そんなちょっと変わった風習が我が家にあったことは事実で、でも気づいたらミッキ一の時計は壊れていたし電波時計が導入されていたし各人はスマートフォンを手にするようになってしまったのでトイレから時計はなくなった。

時の流れを感じる。

 

 

ちなみに当然ながら例のわたしの5年目の付き合いの腕時計は正しい時間を指している。けど、ときどき3分くらい早い。

遅れていたら気になるけれど、早く進んでいる分にはそれほど違和感がないのは幼少期の教育の賜物なんだろうか。

 

 

 

まだ800字くらいしか書いてないよ~~~でも書くこと尽きたよ~~~

ここらへんで勘弁願おうか、、、まあ書くことない!ってぼやきながら結局800字以上書いてるのは何かのバグだろうが。

 

ちなみにわたしの例の腕時計、ソーラーで充電されるという激優れものです。もうしばらくはわたしとともに過ごしてもらう予定。100年休まずに、はさすがになかなか難しいだろうが、なるべく長く一緒にいたいわね、、、、、

 

 

 

こんなのでよかったのかしら。

お題ありがとうね。