気分転換に炊き込みご飯を作る。
お米を研いでざるにあげて、その間にさつまいもだとかきのこだとかを適当に切って、お米の上に具材をのっけて酒とみりんと醤油を適当に回しかけて水を注いで炊飯器のスイッチを押す。
わたしが作る炊き込みご飯はいつだって目分量で、洗い物の少なさだけがこだわりで、それでも45分後にはしっかり秋の匂いをリビングに漂わせるんだからまったく炊飯器ってやつはほんとうに有能なんだと思う。
いつも2合から3合くらい(じつはこれも適当だったりする)炊いて炊き立てを少し味見したあと、ラップにくるんで大学に持っていって研究室の電子レンジで温めて食べる。
大体1週間分くらいの昼ご飯にはなるし、講義の合間になんとなくの秋の名残と幸福感をもたらしてくれる。
あと食物繊維がたっぷりなのでほんのすこし健康になれるような。
、。
野菜をざく切りにしてお鍋に入れて煮えるのを無心で待っているときが、人生でいちばん平穏な時間が流れている気がする。
くつくつとやわらかい匂いがキッチンを支配して、わたしはただ火が通るのをじっと待っていて。
焦って強火にしたところでじゃがいもの類はすぐほくほくになりはしないから、じっくりと。ただじっくりと待つ。
待っている合間にぼんやりと思考を飛ばす。
冬も低気圧もわたしが不調になる原因でしかなくて。
将来のことを考えるたびに吐きそうになって、吐きそうになったところで現状は変わんなくて、毎晩のように悪夢で魘されて飛び起きて、目が覚めると大概枕が濡れていて、世界一無駄な体調不良を繰り返している。
この前は禿げる夢を見た。
正夢になってくれるな頼むから。その一心でみんなに言いふらしたら一人残らず笑ってくれてなんかほっとした。そうです。これは夢です。
(家系的に危ないのは内緒ね。)
そのうちふわっと野菜の匂いが立って、わたしは世界一無駄な考え事から引き戻される。
そうだ、コンソメを足さないと完成しないんだった。
これまた目分量で適当に。
自分で食べるのだから、ざっくりと美味しいのがちょうどいい。
大きな深いうつわにたっぷりと盛りつけて、きちんと手を合わせて。
食前の儀式だけは大仰にやってのけて、そうやって自分のためにゆったりと時間を使う。
食べ終わってお湯で食器をすすぐときには、気づいたら少し頭が軽くなっている。
こうやって何もかもが煮詰まってしまえばいい。
どうしようもないこともひとつひとつの食事で仕切り直して。
そうしたらきっと生きていける、
のかもしれない。